天河大辨財天社(天河神社)は、役行者が大峯を開山する際、祈りによって最初に現れた辨財天を、最高峰・弥山に祀ったのが始まりです。辨財天は水の神様。もともと天川の里人たちは、吉野から熊野へと流れる川の源流地域に生活していることから、古来より命の根源である水、そして水を生む山を大切に思い、信仰してきました。天河神社の禰宜・柿坂匡孝さんによると、「役行者(えんのぎょうじゃ)、弘法大師(こうぼうだいし)、親鸞(しんらん)、日蓮(にちれん)といった多くの高僧が、ここ天川で修行をしています。そこには山、水のエネルギーをいただくことで、新たな命がいただけるという思いがあったのではないでしょうか」とのこと。天川には、誕生・出発・甦りの地といった意味があるともいわれています。
川のせせらぎ、大海のさざ波のように、水は音を発します。このことから、辨財天は音の神とも崇められています。これもやはり、水という自然崇拝の中から生まれた信仰の一つです。音楽の神、芸能の神として、天河神社に多くの芸能関係者が訪れるようになったのは、こうした由縁からです。能の第一人者である世阿弥が、苦境の時代に能の再興を願い、嫡男十郎元雅を詣らせた歴史から、天河神社は能とも深い関わりを持っています。能も、もともとは豊作を願う自然の神への祈りとして、音の世界から生まれたもの。こうしたことからも、天河神社が自然への祈りや音といったものとゆかりが深いことを、伺い知ることができます。
天河神社に足を踏み入れると、「何か空気感が違う」「自分の道が定まった」などと言う人が多くいるそうです。「これは、先人たちが守ってきた森や川といった自然に、人々の祈りが合わさり、エネルギーとなってこの地に納められているから。その氣を受け、自分の氣をここに納めることで、調和がとれて新しい一歩が踏み出せるんです」と柿坂さん。だからこそ、先人たちが守り育ててきた自然を次世代につなげていくことに、大きな使命感を抱いているとも語ります。「例えば祀りごとに木を使う時は、山の神に感謝を捧げ、神の御心に添うように大切に使わせていただく。このような精神を示すことが、自然を守ることにつながるのではないかと考えています」。
平成元年に建て替えられた社殿には、すべて吉野の檜が使われています。「ここにいると木が呼吸していることが感じられて、改めて自然への感謝がわいてきます」と柿坂さん。参拝者を招く上では、神道でいう「浄明正直(じょうめいせいちょく)」の気持ちを持ち、境内を清浄に保つことを心がけているそうです。その静寂な空気の中で、ぜひ自然の氣を感じ取ってほしいというのが柿坂さんの願い。「常に自然の中にいる私たちは、いつもそこに神様がいて、生かされているという感覚で生活しています。訪れる方にもその感覚を味わっていただき、自然と一体になることで、当たり前のことがありがたいと感じられる気持ちを持っていただきたい」と、その思いを語ってくださいました。
自然の中で私たちは生かされている。その意識を
持つことは自分自身の魂の向上にもつながります。
1966年生まれ。代々、天河大辨財天社を継承してきた社家で、現在の第65代宮司を父に持つ。大学卒業後、奈良の大神神社(三輪明神)で奉職したあと、天河大辨財天社禰宜に奉職。今では高齢となった宮司に代わり、多くの祭事を執り行っている。